時間にしておよそ2時間程経過している。
簪はポッドの中で幸せそうな顔をしていた。
「フフ」
やがて作業を終えたギンガがその手を止めると、ポッドから液体が徐々に抜けていった。
全ての液体が抜けると、簪はその瞳をゆっくりと開いた。
「おはよう。気分はどう?」
「はい、最高です♡」
ギンガに問いかけられた簪は、うっとりと答えた。
「今の自分の状態は分かる?」
「はい、少々お待ちを…あれ?」
自身の状態を確認しようとした簪だったが、うまく出来ずにいた。
「ど、どうして…」
「落ち着きなさい、ちゃんと説明するから」
焦りだす簪に、ギンガは優しく頭を撫でた。
「あっ…」
「フフ、落ち着いた?」
「はぃ…」
本当に姉になったギンガの愛撫に、簪は心地よさに包まれていった。
「今回の改造は貴方を戦闘機人にする第一段階。その下地を作ったに過ぎないわ」
「え…?」
「これはしょうがない事なの。只の人間を一度に改造する事もできるけど、拒否反応や人格を守る為には時間がかかるからね」
ギンガの胸の間に挟まれた簪は、ぼぉっとしながらもギンガの話に耳を傾けていた。
「貴方を長時間拘束していれば周りが訝しむ可能性が高くなる。事実これまで私と会うだけでも怪しまれたでしょう?」
「……っうん…」
忌々しそうに簪は吐き捨てた。
親友だった布仏本音をはじめとする生徒会の面々は、それまで引きこもりがちだった簪を心配していた。
それが積極的に外出し、誰と会っていたかもはぐらかす。
親しい人間ならば、そんな簪を心配しない方がおかしい。
しかし簪にとっては迷惑そのもので、鬱陶しいことこの上なかった。
「だから貴方の改造は数回に分けて行うわ。大丈夫、その都度戦闘機人になっていく実感を得られるから」
「うぅ…でもぉ…」
「泣かないの。でも…そうね、ただ待つだけじゃ貴方も苦しいだろうから…一つ任務をあげる」
任務。
それは戦闘機人として認めてもらえているという一つの証。
簪はそれだけで幸福と高揚感を感じている。
我ながら単純だとも思いながら簪はそれを噛みしめていた。
「貴方の任務は貴方の周りの人間を疑似戦闘機人、つまり『アルマー』へと改造する方法よ」
「方法?」
「ええ。さっきも言った通り通常の改造には時間がかかるわ。その解決策を考えてきてちょうだい」
「うん!任せて!」
ギンガの谷間に顔を埋めて、簪はさらにギンガに抱き着いた。
「そうそう、忘れる所だったわ」
「?」
ギンガの言葉に簪は上目使いで首を傾げた。
「貴方はもう『更識簪』なんて矮小な人間じゃない。だから新しい名称が必要でしょ?」
「あっ!」
盲点だった。
簪の中では改造が不完全な事もあり、自分の事を戦闘機人と感じつつもその名前は『更識簪』のままだった。
「貴方の名前は『
I-1』。この世界を代表する兵器。ISから識別名をいただいたわ」
「…うん!ありがとう!
ギンガ姉様!」
新たな名。
それは今までの自分を捨て去り、生まれ変わったことを表している。
簪はそれを実感しながら姉となった
ギンガを本当の名称で叫んだ。
『ーーーーー!?ーーーーー!?』
「調子はどう?」
「あっ!
ギンガ姉様!うん!順調だよ!」
簪の最初の改造から時間が経ち、すでに簪の身体は8割程完成していた。
それは表面上にも表れていた。
目立つのはその瞳。
戦闘機人特有の黄金のカメラアイ。
創造主であるスカリエッティと、そして姉達と同じ色。
それは戦闘機人、いやナンバーズとしての証でもある。
「じゃあ説明してくれる?」
「うん!任せて!」
かつての内気な少女はもういない。
今の彼女は姉と創造主に心酔し、その為ならばどんな事でも嬉々としてする女へと変貌していた。
「コレは私の元親友で、今は改造してる途中だよ」
「ふぅ~ん。それで?」
「うん、姉様が言ってた『アルマー』への改造なんだけど、別に意志なんて二の次でいいかなって思って」
「へぇ…」
「だって所詮私達ナンバーズには到底及ばない兵器にしかならないんだから、感情なんて後から好きに弄ればいいでしょ?」
「ええ、そうね」
「だから今は脳への刺激と、身体の改造を一気にしてる最中なんだ」
嬉しそうに話す簪だが、その内容は以前の彼女ならば絶対に言わないであろう事ばかりであった。
親友をまるで使い捨ての道具のように扱い、ましてやその彼女を改造する事に一切の躊躇がない。
簪自身への洗脳が定着してきている証拠でもある。
その様子を確認しながらギンガは楽しそうに話を聞いていた。
「その脳への刺激って?」
「快楽だよ」
「快楽?」
「うん!人間の感じるモノの中で一番耐性があって尚且つ意識がなくなるモノだから!」
そう言うと、簪はコンソールを操作し始めた。
「人間が絶頂する時に一瞬意識が飛ぶような事があるでしょ?これを応用して快楽と判別がつかない程の快楽を対象に与えるの。すると対象は何がなんだか分からなくなってくる。そして5分経ったら5秒間何もしない。そしてまた5分間刺激を与える。それをまずは10セット繰り返すの。その後今度は刺激を与える時間を15秒ずづ増やしていくの。4セットやったらまた5分からやり直す。これを5セット繰り返したら今度は増減をランダムにして10セット。これなら3時間程度で洗脳は終わるはずだよ」
「なるほど。押し寄せる刺激の合間に唐突に訪れる空白を利用して新しい常識や価値観を植え付けるのね?」
「さすが姉様!よくおわかりで!」
ギンガは感心しながら簪の示した理論を眺めていた。
確かにこの方法ならば短時間で意識の書き換えが可能かもしれない。
しかも身体を改造する際に生じる苦痛も快楽によってかき消される。
これにより精神崩壊を防ぎ、戦力低下や再洗脳という手間を省ける。
ギンガにとってソレはさして問題にしていなかった。
何故ならば今回の課題は、簪の洗脳具合を確かめる事と周囲の人間に未練がないかを確かめる為だったからだ。
だが新たな妹はソレを見事克服してみせた。
ギンガの期待以上の結果をもって。
ギンガにとってこれほど嬉しい事はない。
愛しい妹に生まれ変わった娘は、自分の想像以上に優秀なのだから。
「将来的には5分以内に完成できるようにするつもり。でもそれにはまだまだデータを集めなくちゃ」
「あら、そんなに短時間で?可能なの?」
「うん。理論上、というか想定上はね。人間の体感時間を利用すれば頭だけならそれくらいで出来るはずだよ」
「そう…良くやったわ、
簪」
「あっ…」
慈愛の表情でギンガは簪の頭を撫ではじめた。
「んぅ…」
「あらあら」
それに簪は子犬のようにすり寄っていった。
「
ギンガ姉様ぁ…」
「ウフフ、頑張ったご褒美をあげないとね」
頬を赤く染める簪に、ギンガは貪るようにキスをし始めた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
その後ろで、布仏本音は声にならない声をポッドの中で上げていた。

次回更新予定 2/15
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