束がナンバーズとなってから学園の侵攻は目に見えて加速していった。
簪の提唱した体感時間を利用した精神改造。
そして束の改良したナノマシンによる身体改造。
この二つによって特殊ナノマシンを注入された人間は、ものの数秒でアルマーへと変化する。
そして素質のある者はその後ナンバーズとしてじっくりと改造を施される。
もちろん姉妹への愛情や、スカリエッティへの絶対的な忠誠を刷り込まれながら。
もっともナンバーズに相応しい人材は、簪と束以外は出てきていないが。
「え?それ本当?」
「はい」
IS学園生徒会長、更識楯無は自分の従者であり会計の布仏虚からの話に驚きを隠せなかった。
「私ですら企業や皆の協力でようやく完成したのに…」
「どうやら本音達に協力してもらったようです」
「そう…」
虚の話に楯無は嬉しいような悲しいような表情をしていた。
「これで簪ちゃんも少しは前向きになってくれるかしら?」
「その事ですが、試運転も兼ねてお嬢様と模擬戦をしたいそうです」
「え!?私と!?」
「ええ。私も本音から聞いたので詳しい事はわかりませんが」
楯無はまたも驚きを隠せなかった。
数年前に起こった確執。
それは自分が起こしたも同然のもの。
妹を守りたい。
その気持ちが強すぎた結果、妹を傷つけていた。
それ故に楯無は簪に負い目を感じ、簪は楯無に不信感を抱いていた。
だが距離を置かれていた妹が自分との勝負を持ちかけてきた。
どんな心境の変化があったのかは楯無には分からない。
しかし楯無にとっては嬉しい事でもあった。
もっとも簪の目的は楯無には考えもつかないことだったが。
「わかったわ。じゃあ場所と時間だけど…」
「既に手配してあります。後はお嬢様の決断次第です」
「アハハ…じゃあついでに…」
「…わかりました。簪様には私から伝えておきます」
「ゴメンね?」
「そう思うならご自分で伝えてください」
「…うん、ありがと」
「イエ、ジュウシャトシテトウゼンデス」
自分の従者がまるで心を読んだように動く様を見て楯無は苦笑いをするしかなかった。
それ故かその従者の重大な変化を見落としていた。
「お待たせ、簪ちゃん」
「うん。ありがと、お姉ちゃん」
それから数日後、楯無と簪は全天候型のアリーナに立っていた。
今この場にいるのは楯無と簪以外は虚と本音と簪の担任しかいない。
これは簪が代表候補生で、完成したばかりの機体をむやみに外部へと漏らさない為である。
というのが楯無に伝えられた建前で、その実態は簪による計画だった。
既に本音と虚と担任教師はアルマーに改造済み。
アリーナも
姉と
妹によって隔離してある。
これから始まるのは姉妹の模擬戦ではない。
戦闘機人による素体捕獲作戦である。
「いくわよ!」
「うん!」
簪はつとめて以前の彼女を演じていた。
それは楯無に不信感を抱かれない為。
元姉であるあの女は妹であった簪の目から見ても頭が回る。
些細な変化からこの計画が頓挫させられる可能性が十分にあり得る。
だからこそ模擬戦という形であの女を叩きのめし、捕獲する。
そして自分達に忠実な妹として改造する。
あれだけ優秀な姉だったのだ。
きっとナンバーズになれるだろう。
それを考えるだけで簪は思わず笑みを浮かべていた。
楯無は向かい合う簪が笑みを浮かべているのを見て、複雑な心境だった。
自身への復讐なのか、それともやっと対等に戦えるからなのか。
その笑みの本質を見抜けずにはいた。
「ハッ!」
「フッ!」
楯無と簪の戦いは意外にも拮抗していた。
元々双方の機体は近~中距離型と遠距離型で、一対一では勝負がつきにくい。
加えて今の簪は戦闘機人。
楯無の体勢や速度から動体予測をし、その攻撃を避ける事なぞ造作もない。
しかし簪はわざと紙一重で躱し、楯無を油断させていた。
『フン!あれだけ言ってても所詮は人間ね。私の、いえアルマーの足元にも及ばない』
簪は善戦に見えるようにしながら内心では楯無の事を馬鹿にしていた。
『もう茶番を続ける意味もないし、とっとと終わらせましょ』
すると簪の瞳が金色に輝き、楯無に右手を向けた。
それを見た楯無は咄嗟に身構えたが、次の瞬間彼女を襲ったのは唐突な息苦しさだった。
「カッ!」
まるで成人男性に全力で首を絞められているかのような息苦しさは、楯無を混乱させるには充分だった。
「フフッ」
その様子を簪は楽しそうに見つめ、ISに装備されているミサイルを全弾発射した。
ミサイルに意識をさけるほどの余裕は楯無にはない。
つまりは全弾命中するという結果に他ならない。
爆炎と煙が立ち込め、その中から楯無が落下してくる。
しかしそれを見ても、誰一人楯無に駆け寄ろうとする者はいない。
この場において楯無の味方は誰もいないのだから。
「ううぅ…」
落下し、かろうじて意識を保っている楯無の下に、簪はゆっくりと近づいてくる。
「フフッやっぱりこの程度だったね」
「かん…ざしちゃん?」
「その名前で私を呼ばないでくれる?」
かつての名前を呼ばれた簪は、怒りの籠った侮蔑の表情を浮かべていた。
「え…?」
「私はもうアンタの妹なんかじゃない。今の私は選ばれた存在、I-ナンバーズの一人、
簪!」
「ナン…バーズ?何を言って…」
「ハッ!相変わらず受け入れない事には鈍いわね!私は弱っちい人間から至高の存在!戦闘機人へと生まれ変わったのよ!」
可愛い妹が人が変わったように自分を、人間を罵倒する様を見せつけられた楯無は、言葉を失った。
「でもま、そんなアンタでも使い道はあるんだよね。アルマー!」
「オヨビデスカ?
簪サマ」
混乱と絶望に陥る楯無にさらに襲い掛かったのは非常な現実。
妹が呼び寄せたのは信頼していた従者達と教師。
よく見れば彼女達の瞳は翡翠色に輝いている。
彼女達も簪のように何かをされているのだろう。
一体誰が?何の為に?どうやって?
その思考も簪によって遮られる。
楯無の首に注射銃を差し込むと、楯無の身体に激痛と快楽が襲い掛かってきた。
もはや何かを考える余裕などない。
只々襲い掛かる快楽に身を任せるしかない。
そして入り込んでくる自分ではない考え。
ナンバーズに従い、ドクターに従う。
それが当然であり自分の存在意義。
楯無がそれをどれほどの時間感じているかは作った簪ですら分からない。
しかし簪達が感じている時間ではわずか3秒程しか経っていなかった。
「フフッ終わったようね」
簪が指を鳴らすと、本音達が楯無を担ぎ上げた。
顔を上げた楯無の瞳は、赤から翡翠に変わっている。
だがその表情は口を開けたまま呆けているままであった。
「さ、自己紹介して?」
「うぁ…」
「?」
アルマーになった者にとって、ナンバーズ達の命令は絶対。
それはどんな状態であっても遂行されるモノ。
命令された者が機能停止、すなわち死亡しない限り必ず実行すると組み込まれている。
だというのに楯無は簪の命令に反応しない。
眉をひそめる簪に、楯無は途切れ途切れに言葉を捻りだした。
「目を…覚まして…お願いよ…簪ちゃん…」
「……」
その言葉に簪は目を見開いたが、すぐに笑顔へと変わっていった。
「フフフ…アッハッハッハ!やっぱり私の見立ては間違ってなかったのね!」
「かん…ざし…ちゃん…」
「おめでとう更識楯無。いえ、更識
刃奈。貴方は選ばれたわ。ドクタースカリエッティにね」
「うぅ…」
「それじゃあお休み?
お姉ちゃん?」
「ぐぇ!」
再び簪が右手を向けると、楯無はカエルのような声を上げて気を失った。
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