「篠ノ之箒さん、よね?」
「はい?」
束が新型スーツを発表し、IS学園での実証実験開始が宣言されてすぐ後。
廊下を歩いていた箒は、生徒会長である更識楯無に呼び止められた。
「少しお話したいんだけど…いい?」
「はぁ」
「うん。じゃあ移動しましょ?ちょっと話辛いことだから」
「……」
他人に聞かれたくない話。
そう聞いた瞬間、箒はしかめっ面になった。
こういった時は大抵、姉の束の話だった。
毎回、毎回同じような質問に、箒はうんざりしていた。
「アハハ…たぶん半分くらいはお察しの通りよ」
「っ!」
苦笑いする楯無の言葉に、箒の顔は益々険しくなった。
だが彼女の態度を見る限り今までとは少し違うのではないか?と箒は感じていた。
「さ、どうぞ」
「は、はい」
楯無に案内されたのは生徒会室。
普段入らない場所とこれからの話す事もあって、箒は緊張していた。
「さて、まずはお茶でも…と言いたい所だけど、早速本題に入らせてもらっていいかしら?」
「は、はい」
「まず一つ目。日本政府から貴方を懐柔しろと通達があったわ」
「なっ!?」
白騎士事件以降各国が躍起になって箒達に取り入ろうとしていた。
だがそれも最初だけ。
束と直接コンタクトを取れず、影響力も無いと判断された彼女達の扱いは早々に変わった。
媚びいる態度から一変。
使えない道具を見るような侮蔑的な表情を訪れた人物達は箒に向けていた。
それは幼い箒に恐怖と失望を与えた。
姉の束は自分の興味の無い人間には無関心だった。
だが彼らのソレは姉とは全く違って見えた。
落胆、失望そして見下し。
彼らからは目に見えて負の感情がにじみ出ていた。
その感覚を思い出した箒は、驚愕と恐怖に苛まれていた。
「っ!!」
「大丈夫」
「あっ…」
思わず腕を抱き、震えを抑えようとしていた箒を、楯無は優しく抱きしめた。
「ゴメンなさい。貴方にそんな思いをさせるつもりなんか無かったんだけど…」
「いえ…ご心配をおかけしました…」
楯無に抱きしめられた事で、箒のふるえは収まっていった。
「すみません。会長にご迷惑を…」
「いいのよ。こちらこそ配慮が足りなかったわ」
楯無の淹れた紅茶を飲みながら、二人は少しの間談笑していた。
「…もう大丈夫です。続けてください」
「うん。わかったわ」
一瞬心配そうな顔をした楯無だったが、箒の決意した表情を見て話し始めた。
日本政府、というより世界が箒に求めているであろう事。
そして楯無はその事に反対な事。
千冬にも協力を仰いでいる事。
楯無は箒に全てを話した。
もちろん今の彼女に話せる全てだが。
箒はそれを黙って聞いていた。
じっと楯無を見つめたまま。
「そういう訳でしばらくの間、貴方と一緒にいる事になってしまったわ。嫌かもしれないけど
我慢してもらえないかしら?」
「…いえ、会長なら…貴方なら信頼できます。よろしくお願いします」
困ったような笑顔の楯無に、箒は自分から頭を下げた。
「ちょちょちょ!頭を挙げて篠ノ之さん!お願いするのはこっちの方なんだから!」
「いえ、例えそうだとしても会長は私の為に動いてくれるのだから当然です」
「…もう、真面目ね」
楯無がパッと広げた扇子には、律儀の文字が書かれていた。
「それじゃあ部屋を移動してもらっていいかしら?」
「え!?」
「だってそうでしょ?いつまでかは分からないけど、一応私が護衛と懐柔するんだから」
「あっ…うぅ…」
「あらぁ~?もしかしてあの男の子と離れるのは嫌だった?」
「なっ!なななな!?」
楯無の質問に、箒は顔を真っ赤にして動揺していた。
「そっか…でもこればっかりは我慢してもらうしかないわ…」
「あっ…」
またも困ったような笑顔を浮かべる楯無を見て、箒は自分の立場を再認識した。
姉のせいとはいえ自分の立場は周りによってどうにでもなる。
それをなんとかしようと、目の前の人は力を尽くしてくれている。
箒の中で楯無は信頼できる人物だと思い始めていた。
「納得できないかもしれないけど…」
「いえ。会長が力を尽くしてくれているのなら、私もそれに答えなければ」
「そう言ってもらえると助かるわ」
再び楯無が扇子を広げると、今度は感謝と書かれていた。
「じゃあ二つ目ね。さっき言ってたスーツなんだけど…」
楯無が机の下から取り出したのは先ほどの集会で言っていたスーツ。
青と紫で彩られた艶めかしいそのスーツは、着ていなくても着心地の良さそうな見た目だった。
「それが…」
「そう。篠ノ之博士が発表した新型ISスーツ。通称『I-スーツ』」
「『I-スーツ』…」
「実はこれの実証実験は段階的に行われる予定なの。まずは代表候補生や、成績優秀者の中から
順次選ばれていくんだけど…篠ノ之さんも着てみない?」
「え!?」
楯無の提案に、箒は驚きを隠せなかった。
それもそのはず。
箒のIS適正はC。
代表候補にすらなっていない自分が選ばれる理由が思いつかなかった。
「私は会長って事もあって先行して参加するんだけど、ルームメイトになる篠ノ之さんも着て
くれるのなら私も少しは気が楽かなぁ~ってね?」
「は、はぁ…そういう理由でしたら…」
「ホント!?」
楯無の語った事は予想外といえば予想外だが、それくらいならばと受け入れた。
それが箒の人生を大きく変えるとは知らずに。
「それじゃあ早速お部屋の移動と試着に行きましょ!」
「い、今からですか!?」
「ええ!善は急げって言うでしょ!」
「でも授業は!?」
「大丈夫よ。遅れた分は私が手取り足取りじぃっくり教えてあげるから♪」
「全く大丈夫じゃありません!」
ぐいぐいとその手を引かれながら、箒は懐かしい気持ちになっていた。
それはかつて姉に振り回されていた幼い時の嬉しいような、勘弁してほしいような気持ちに。
次回更新日 未定
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